武川蔓緒(つる緒)の頁

みじかい小説を書きます。音楽や映画の感想つぶやきます。たまに唄います。成分の80%は昭和です。

尾崎薫『光』(令元)

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関西を拠点に御活躍のジャズベーシスト・尾崎薫さん初のリーダーアルバム。メンバーは全曲、
久米田廣道=サックス
野間由起=ピアノ・キーボード
尾崎薫=ベース
松本大=ドラムス
のカルテット。

収録された10曲すべてに、本人によるみじかい文章(連作で物語をなす)と、吉崎加奈さんのイラストが添えられており。これがまた、歌詞カードサイズで留めるには惜しい、立派な絵本。といって音楽を押し退けはしない、程好い存在感。

1曲目『境界線』は、国と国に非ず、別の世界とのボーダー、とのこと。なるほど確かに、規則的でないコード進行で紡がれた境界線は、足もとの石段がふいになくなるような浮遊感、あるいは蒟蒻みたいな弾力をもち、ゾクゾクさせてくれる。

だがそれは序章。この盤の醍醐味は境界線を越えてから。曲と同時進行で異界(のような、案外そうでないような?)の冒険譚を読み進めるうち……聴覚と視覚それぞれ別で捉えていることが、だんだん距離をちぢめてゆき、ついには同質に近いものとなったので、驚いた。
はじめは「コードがリズムがソロパートが」等と、理屈を付けたがっていた私の硬い頭が、しだいに溶けて頗るシンプルな感覚だけとなり、調べと語りとを、童の如く受けとめる。楽曲には七色や金銀の色彩、森林や海や星々の匂いが溢れ、言葉とビジュアルには熱くもクールに、地から天へと繋がる鼓動と波動、喜怒哀楽あわせもった余韻が宿る(上質であれば必ずそうなるというものでもないだろう。異ジャンルの組合せは下手すれば相殺し合ってしまう可能性も孕むが……ここでは見事な相性)。しまいに私はジャズという音楽カテゴリーさえ痛快なほど忘れてしまったし、突拍子ない筈の世界観も、とてもナチュラルな森羅万象の風合いに感じた。

演奏で特に印象的だったのは久米田さんのサックス。ジャズらしい色気や渋味が良い意味で抜けていて、とても瑞々しく、伸びて、響いていた。ハーメルンの笛吹きじゃないけれども、不思議に誘われて連れて行かれそうな音色であった。
演者の皆さんが現場において曲のコンセプトをどこまで意識されていたのか、興味のわくところ。

BOOTHという通販サイトで販売されているようです。
御本人、ユーチューブ、フェイスブック、インスタグラムもされています。


©️2021TSURUOMUKAWA