武川蔓緒(つる緒)の頁

みじかい小説を書きます。音楽や映画の感想つぶやきます。たまに唄います。成分の80%は昭和です。

掌篇小説『Z夫人の日記より』<42>

10月某日

空の蒼白い夕刻、街の高層ビル8階にある鍼灸院へゆく。文字どおりに鍼とお灸と、かるいマッサージをうける。私は見るのがなんとなく怖いので目をとじているが、どこを刺され蒸されているのか判然としないぐらいに明瞭な痛みも熱さも感じず、ただ血の不思議なめぐり(上半身に施術をしているのに脚がじっとり汗をかくほどポカポカしたりする)を追うともなく追っていると心地の良い眠気におそわれる。いちおう針山状態でいるのだから眠りこんで姿勢を崩したりしては危ないと己に言い聞かせつつも、夢とうつつがごちゃまぜになってゆく。消防のサイレンが聞こえる。うちの近辺などよりはるかに多そうな台数の車が頭のまわりをぐるぐると走っている。はい、終りです、と声をかけられ目をあけると、どうやら消防車は現実のものだったらしく、背丈のひくいまだ少女のような鍼灸師がすっかり蒼を濃くした外をブラインドのすきまからのぞき、火は見えませんがそう遠くないところで2箇所か3箇所、燃えたらしいですね……鍼とおなじようなもので、街のどこかに火がつくと、因果のまったく無い筈の離れた場所でも火がつくことが稀にあるんです、街もひとつの躯ですからね……と、大人だけれど大人ぶった風なほそい声で言っている。鍼灸師は街に灯りはじめた光や、その色をも、硝子みたいに澄んだ眼と化粧っ気のない肌に映している。ビルの高みから、人体のみならず街のすべての何億何兆本とあろう血流を、濁りのない眼で、地をひきずりそうな白衣をひらりと舞わせながら診ているのかもしれない。私はまだぼんやりした頭で、ありもしない鍼の孔をさぐるみたいにかさついた頬をなでた。


©️2019TSURUOMUKAWA

掌篇小説『Z夫人の日記より』<41>

10月某日

自室のひくい文机には電気スタンドがふたつ、左右端においてある。ひとつはアンティーク店で買ったもの、もうひとつは実家で捨てられかけていたこれまた旧いものだ。せまい台で、経歴はちがえど似た風に年月に燻されたブロンズ色の両者が円いシェードとほそい首を鏡像みたいにかたむけている。夜にそこで仕事をするときは天井の灯りをつけずスタンドのどちらかをつけたり、暗くて困るときは両方つける。手もとだけが白熱電球の円いスポットに照らされて、よけいなものが眼に映らず世界が其処だけになり集中できるのだ。

今日は字のちいさな辞書を使うのではじめから両方の灯りをつけ作業をしていると、ふいにお香のような匂いが鼻をかすめ、そして手もとがぼやけて読めなくなった。目をこすっても晴れない。どころか薫りとともに霞みも濃くなってゆく。顔をあげると左右ふたつのシェードから、光とおなじに琥珀色の煙をもくもくとあふれさせているのがわかった。漏電でスタンドの埃か虫でも焦げたのか? にしては匂いも煙もそんな所帯くささと無縁にあまく芳ばしく、誘いかけるようでもあり、そしてどこか天候の如く冷淡でもあり……くらくらしてきた。自身のノートの字はもはやまったく見えないのに、何を調べんとしたかめくりかけた辞書の厳めしい文字群は何故かくっきり映り、それらが羅針盤みたいに、煙のコートを着こなしながらぐるぐるまわる。「……タンジェント(tangent)原義は『…に接触してる』の意。三角比・三角関数の一。底辺に対する対辺の比。またこれを一般角に拡張して得られる関数。正接正接関数……」……気をうしないそう。その前にどうにか……とは言えスタンドへ直に触れるのはなんだか危なそうだし、水でもかけるかどうしたものか……と迷っていると、私のうしろで、犬が、先日家にやってきた、或いはころがされきた犬のミミが、2匹、1匹である筈が2匹、双子みたいにそっくりな顔と例の写実的な置物然とすました風情で座っていた。そして細胞分裂したかの如く、はんぶんのおおきさになっている。呑気にくっついて円らな黒眼でこちらを見ているだけ……と思われたが。2匹は突如鏡像となって左右にわかれて跳び、床になかば伏した私のかさばる躯をのりこえ、文机に着地。そしてあまくこわい雲たちこめ、幾つも文字の羅針盤がまわるむこうにぼやけている太陽みたいなふたつの電球、琥珀の光のなかへと、ともに一寸の迷いもなく、タンジェントを導きだせそうなほどにまっすぐ、とびこんだ。

……やはり気絶してしまったのだろう、次の瞬間私が見たのは、琥珀の景色など何処にあったとばかりの、暗闇だった。酔わされた風な頭のまま、手さぐりでスタンドの錆びがざらつくシェードや首、コードに触れてみたが何でもなさげで、しかし電球はいずれもつかなかった。ミミ(達)はどうした? と名を呼んだりあちこち脚や肩をぶつけながらさぐってみたがわからない。暗さに眼がどうしてかいっこうに慣れず、天井の電気のスイッチをようやく見つけ部屋をつまびらかにしてみると、ミミ(達)が私の足もと、黒眼ふたつと黒い鼻が正三角形の星座をかたちづくるまったくおなじ顔とすました座り方をしてぴったりくっつき、「おなか空いた」と言う左耳のうごき(あれから一週間ほど経ったがおもに耳で感情をあらわす様子は変わらない)をともにさせ私を見あげていた。真っ白だった毛なみがほんのすこし琥珀がかった色となり光沢をまとい、ほんのりあまい匂いもさせていた。体のおおきさはもとにもどっている、けど2匹……ひょっとしたら残像が見えているだけでは、と目をこすったが2匹、撫でてもみたが2匹。
……食料が倍いるわ、とまずは思った。私が彼(等)に助けられたのか何なのかわからないけれど、ここに住ませる意味はたぶんあるのだろう。次に増えた1匹の名をどうしようかと思ったがまた別の数式が成立しそうなほどにおなじうごきをずっとして離れないので、左右2匹そろってミミと呼ぶことにした。


©️2019TSURUOMUKAWA

掌篇小説『Z夫人の日記より』<40>

10月某日

いきなり訪ねて来た知人から「余ってるの、お願いもらって」と、仔犬をわたされた。

余ってるのってあなた、作りすぎたおかずじゃないんだから、と言っても笑顔か困り顔かわからぬあちこち皺をよせた面持ちを返されただけで、猿みたいなひょいひょいとした動きで去られてしまった。

昨年飼い犬を亡くし間もなく1年になる。喪に服すとかではないが、次の犬を迎え入れる気は起きず。そんな時に、私の手元へ煮っ転がしさながらにころがされ来た犬。

前とおなじ白い毛の犬だった。犬種も一緒かもしれない。まだ両の掌でおさまる、ちいささ。私はストッパーでドアが開いたままの玄関に突っ立ってそれを見つめる。先方も置物みたいな顔でこちらを凝視する。私はこんな時、自身が犬になったと空想し、ビル4階ぶんぐらいの高度において人間のたよりない手のうちにいることに悪寒をひとり勝手におぼえるクセがある。最期までヒトの赤子並のおおきさだった前の犬を抱いて以来に、懐かしい感覚が身を寒々とかけぬけた。一方現実で、ビル4階かそれ以上の危機にいる彼(雄だった)はこの世に降りて間もなかろうにまるで怖れず、或いはまだ地上でなく天が彼の居場所であるかのように、ふわり佇んでいた。

とりあえず、お水のむ? ミルクがいいかしら? と問うてみると、顔は変えなかったが、尻尾ではなく両の耳を、みじかいながら羽みたいに勢いよくばたつかせた。
これは名前をつけるならミミかな、と、知人に電話するか否か考えつつ、ふわり飛びそうな白を両手で包んだまましずしずと、台所へ向かった。


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掌篇小説『Z夫人の日記より』<39>

10月某日

近くでマンションがあたらしく建った。数日ほど前に工事作業用の足場も幕もすべてとりはらわれて、あとは人が集い住むのを待つだけの、玄関扉が等間隔についたおおきな四角い箱である。

しかし、今日は建設会社のトラックが1台とまっていて、腕や胸に緑のロゴがついた作業着姿の男がふたり、うろついている。
マンションを眺め指さしながら何か話している様子だったが、やがて男たちはトラックの荷台から、ふとくながい筒のようなものを、ふたりがかりで重たげにとりだした。包み紙をやぶると、それは先端に針が秋の陽を吸いギラギラとひかる、注射器……ギャグ漫画に出てきそうなぐらいありえないおおきさだったが、注射器以外の何にも、見えないものだった。透明なタンクにうす青い、ところどころ七色に光る液体がたっぷりとはいっている。
マンションの左端へとはこばれて、壁に、何でもない壁にそれは、刺された。注射針はいくらおおきいとは言え新築マンションの外壁をを突けるとは到底思えなかったが、ドリルのような音もたてず、百戦錬磨のナースが涼しい顔でどんな人間の血管をもすんなりと見つけて肌に痛みもあたえず刺すかの如く、針はすうっと奥へはいっていった。台に乗せる等もせずひとりの男が筒を両手でかかえもち、もうひとりが足腰より力をこめピストンを圧す。ふたりとも作業着の袖を肩までめくり腕のこぶを三倍ぐらいにふくらませていたが、肌はそろって白く汗ひとつかかない。腕のみならず顔もよく見ると異様に彫りがふかく、美麗だ。青い液体がマンション内へと流れこむ……
……目の錯覚かと思ったが、四角いマンション本体が、すこしずつ、すこしずつ、反りはじめているのだった。すべての階のまっすぐだった渡り廊下が、幾何学模様を描く欄干が、地上を建物に沿いはしる花壇までもが、音もなしに曲がってきている。
……十分ほどかけたか、ピストンを圧しきったのちにはもう、建物は疑いの余地なく悩ましく湾曲し、いちばん右端にあるエントランスが、左端に対して90度は向きを内側に変えていた。エナメルのように煌めく白だった壁もちょっと様相がちがい、異国の曇り空のもとにあるが如くうっすらと青くなった気がする。
注射を終え針をぬく。ぬいた瞬間だけ壁に円く黒々と空いた闇が見えたが、すぐにしゅるると回って消えてゆき、なめらかな壁に姿をもどした。重いのは液体で注射器そのものは存外にかるいのか、ピストンを圧していた男がひとりでヒョイともちあげ肩にかかえ、トラックの荷台にずいぶんと乱雑に投げこんだ。作業着などよりもいっそ神のような半裸の方が似合いそうな白い男たちはふたたびマンションを眺めつつ煙草をふかし、なにかひと言ふた言かわしメモをとったのち、トラックに乗り去っていった。

……マンションは湾曲とともにすこし縮んだようにも思える。じっくり見ると欄干や扉や窓、照明や花々の有り様までも、程度の差はあれひとつのこらず輪郭線が歪み、おおきさや間隔も均一でなくなってしまっており。不協和音を奏でるその容貌はうすら酔うほどにシュールで艶かしい。あらかじめこのかたちに建てるのとは明らかにちがう生命めいた何かを薫らせて……
そしてようやく気づいたが、周辺のまっすぐだった車道にもゆるいカーブができていたり、家屋やビルの位置も前より寄ったり遠のいたりしており。私のこれから行く薬局にいたってはさて何処に移動したのやら姿も見えぬではないか、と、酔いがさめやや憮然としながら歩き出す。


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掌篇小説『Z夫人の日記より』<38>

10月某日

テレビから「スツール」という言葉が聞こえてきて、インテリアにさほど関心ないのでスツールって何だった? と思い見ると、脚立みたいにやや脚をひらいたかたちで木製の、肘かけも背もたれもないせいぜい大人の平均的なお尻が乗れるぐらいの椅子が映っていた。

むかし、僅かなあいだ付き合った男性の家にはじめて行ったとき、椅子という椅子がすべて、あんな風なスツールだったのを思い出す。数が多いからか旧い趣のものだったからか、木の薫りがほのかに部屋をつつんでいる気がした。
「背すじが甘えなくて、シャキッとするからいいんだよ」
と言っていた。私より背のひくかった彼は高い棚のものをとるのにもその椅子に乗った。金属の安定した脚立とちがいグラグラして危なげで、「この男はアレ(当時はスツールという言葉を知らなかった)によっていつか倒れてどこか骨でも折るか、下手をすれば命の灯を消すのかな」と思った。

ベランダにつづく窓辺にあったやはり木のアレには、猫が身をまるめて寝ていた。ああいう椅子は人間よりも猫の方が使うにふさわしい……と思いながら見ていると、はじめ猫の縞模様と思っていたそれは、椅子の木目であるのに気づいた。猫の体はベランダからあふれる陽ざしさえも透かしている。ここちよさげに眼をとじるやわらかな生き物のほんとうの色は無地の白か、あるいはベージュか。男に聞いてみる。
「あぁ、見えるの? それ、前に飼ってた猫。生涯僕にはすこしも懐かなかったんだけど、そのベランダんとこの椅子は大好きでね。晴れた日はいつもああやって乗って寝ていたの。で、今でもたまに出てくるんだよね」
猫は生き物としては十七の齢まで存在したが、飼い主はじめ訪れる人間一切に心をひらかず、同族ならどうかと言えばベランダにときおりやってくる野良猫には親の敵かと思うほどの嫌悪感をあらわにしていたと……そんな話をされていると気づいたのか、ただの偶然か、ふたつの横線になっていたまぶたをぱちりとひらき、そこだけはあきらかに猫のオリジナルの色であろう、ピスタチオグリーンの双眸を見せた。


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掌篇小説『Z夫人の日記より』<37>

10月某日

夜、たまにウォーキングをする際に、歩くリズムと合った音楽をカセットプレイヤーにあつめてイヤホンで聴いている。曲の時代やジャンルはまったくバラバラで、声さえも電子みたいなポップスの新鮮な曲のあとに、黒い紗のノイズがかかった五十年は超える昔の歌が流れたりもする。

おおきな音では聴かないので、曲がはじまってすぐは誰の歌か判らないこともしばしばあり。
今日流れたなかのある曲は、二十年ほど前の歌謡曲であることも、それを歌っている女性および、曲をつくったシンガーソングライターの男性の名前までもすぐさま思い出せたのだが。
腕を脚をわき腹をぶんぶん振りながら聴いていると、あれ? 女性と男性、どちらが歌っているんだっけ? と、知っているにもかかわらず、判らなくなった。
声質はふたりともハスキーで、女性が低音で男性が高音だから音域も近い。だがなんと言うか、私のなかの勝手なイメージだが、女性はウィスキーのロックを派手にあおりノドを潰した風な声で、男性はワイン瓶を毎夜決まり事のように空け壊した風な声なのだ。区別がつかぬほど似てはいないのだが。
女性歌手が男性のつくりあげた旋律にひきずられて、いつものウィスキー声でなくワイン声に近づいてしまったのだろうか? 不明だが、夜の闇と私の足音や息づかいのすきまを縫い耳にはいりこむ歌声がどちらのものなのか、1コーラス終ってもやはりあやふやなのである。けっしてデュエット曲ではなく男性は一声も発していない筈なのに、2コーラス目にはいってもフレーズごとに女と男が交互に入れかわって聞こえる。

歌詞は恋の終りをちょっとけだるく自嘲気味に綴ったものだが。いまはこんな郊外の夜更けに変なフォームで息をきらし歩いている自分が、ウィスキー狂いな女、あるいはワイン狂いな男に、たとえば彼方のビル高層にあるバーから見おろされくすくす笑われているような気分になる。この二人だったら笑われるのもそう悪くはない。


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掌篇小説『Z夫人の日記より』<36>

10月某日

夢を見た。叔父が漫画を描いている夢。たまに見る。

叔父は母の弟だが親族とすこぶる折り合いがわるく、今はどこかの山奥で暮しているとかいないとか、噂だけは時折耳にする。

私が今のところ叔父に会った最後は子どものときにまで遡る。そのころ叔父は漫画家で、うちからわりと近いところで一軒家を借り独り漫画を描いていた。
そもそも身内に限らず人間そのものを毛嫌いしていたようなので、誰かとともに居る姿はおろか、彼が声を発するのですら聴いた記憶がない。しかしながら幼稚園児だったか小学校のはじめだったかの私はなぜか彼を怖れず家へずかずかと訪ねてゆき、叔父も叔父で不思議なことに私が口数すくなくおとなしかったからなのか、己の聖域たる仕事部屋に幼児が気まぐれではいるのを咎めることはなかった(そのかわり此方に言葉どころか目もくれず空気であるが如く振る舞っていたが)。その部屋が、いまだに夢に出てくる。

こざっぱりした原始人といった風体のボサボサ髪と無精ひげとタンクトップ短パンの丸っこい中年男(青年だったかもしれない)にはいささか不似合いな、モルタルの壁があわい桜色に塗られた、存外に清潔というか紙屑ひとつ散らさず匂いさえも片付けられた部屋で、カリカリと紙に筆のはしる音だけが響いている。子どもの私は無音より静寂を感じながら聴いている。叔父はいっとき大手新聞社の四コマ漫画を連載したこともあるぐらい(すぐに首を切られたらしいが)当時それなりに名を馳せてはいたし、古本屋で今でも時折彼の本を見かけることもある。男の子向きで、すこぶる単純な線、素朴な中身の漫画自体には愛着は湧かず今も懐かしさなど別段覚えない。夢に出るほど私がこだわっているのは、鉛筆で下書きもせずいきなりペンのインクをはしらせる彼の威勢よい描きっぷりと、その画だ。出版された本で見るのと人物やタッチはまったくおなじなのに、部屋の卓袱台(叔父は執筆も食事もそこで済ませていた)でなかば突っ伏して描く叔父の手もとを子どものひくい目線からのぞきこんだときの印象はまるでちがう。桜色の壁を借景に、丸刈りでメガネをかけた男の子や、着る服と髪とまつげの有無だけがちがう女の子、どこか叔父自身に似たふくれっつらの犬なんかが、紙のうえを駈けたり跳ねたり笑ったり怒ったり……その頬のふくらみだとか、一年じゅう桜の季節でいるみたいな薄着姿で変な歩き方をする手足だとか、キャラクターの言葉(それも直に描いていた)とそれをいろんな円でつつむ吹き出しなんかが、一筆の線で、まるで七輪で餅でも焼いているみたいに香ばしく紙から浮きあがってきて、こちらになげてくる「ボクのタイヤキ食べたのだれだ!」「○○さんたらなにやってもダメねぇ」「ウーワン!」とかいったほぼ型どおりな台詞も言葉の意味をつきぬけてただよい、そして体ひとつのうごきが、ツヤをもつ黒インク線の迷いのないまぶしさと厚みが、熱風をこちらに吹かせてくるように感じるのである。

……あれほどの感覚は、今にいたるまでほかの如何なる絵画でも味わったことがなく、もう顔すらまともに思い出せぬ叔父でもあの、出版物でなく目前で息づいていた漫画だけは忘れずいる。忘れずいる意味があるかどうかはともかく。

いつの夢でもタンクトップで卓袱台にむかう叔父の背は、桜の景色を漫画の世界を護るおおざっぱに彫られた地蔵めいている。私の中でおおきいのに変りはないけれど、実際どれほどだったのだろう。


©️2019TSURUOMUKAWA