武川蔓緒(つる緒)の頁

みじかい小説を書きます。音楽や映画の感想つぶやきます。たまに唄います。成分の80%は昭和です。

私的すたんだーどなんばー<伍>アントニオ・カルロス・ジョビン『ジョビン・ソングブック』

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<ボサノバの生みの親、ジョビンの没後すぐ('95)に出たオムニバス。
本人やジョアン、アストラッド等ボサノバ御本家のメンツに留まらず、ジャズミュージシャンやボーカリストによるプレイも多数収録>

ジャズの人々がボサノバを、一時の流行や気まぐれの蜜月でなく本気で演り、今でもスタンダード集にイパネマ等載るほどの切り離せない関係となってしまったのって、よくよく考えると実に不思議なムーブメントだったと思う。
1曲1曲が短く、まるで物語や和歌のエッジーな切れ端かその行間のような本家に対し、メロとコードの出汁を骨も融けるまで煮込みきる、老舗の如きジャズ奏法……ある種両極のアプローチなのに。
今改めて聴いてみても、「ボサでは物足りなく、ジャズではやり過ぎ」って印象にならないし、
異ジャンル交流も不和が起きないどころか、寧ろどこかしら血の繋がりすら覚えるのは、一体どういう魔法なのだろう。

私がどちらのジャンルも即座に入り込め愛せたのは、耳が鈍感なくせに前述のような理屈をうだうだこねたりせず、ただ好きか嫌いかだけで聴くある種純真な初心者だった当時に、この盤の選曲がとても良かったからではないか。出会う順序がちがっていたら、異なる今があったのかもしれない。

私的に一番は、ストリングスをしたがえたオスカー・ピーターソンによる"WAVE"かな。もはやブラジルでもアメリカでもない夢の国の、一日中でも聴いていられる波の音。
サラ・ヴォーンとの出会いはここでの『コルコヴァード』だった。これ見よがしな歌いっぷりはちょっと苦手……と始めは思ったけれど、曲が終る頃には大好きになっていた。

ジャケットイラストはすっかり忘れていたが、なかなか的を射たデザイン。


©️2020TSURUOMUKAWA

私的すたんだーどなんばー<肆>斉藤由貴『風夢』(昭62)

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<デビュー3年目4枚目のアルバム。
ドラマ映画、CMにも引っ張りだこだったこの時期、曲も数多く流れていたものだ。『砂の城』はカセットテープAXIA、"ONE"はカルピス(ウォーターではない)、『街角のスナップ』はNECパソコン(むろんインターネット以前。何に使っていたのか)……
"MAY"は主演映画『恋する女たち』主題歌だった>

思えば作詞作曲編曲等のクリエイターを、アイドルや役者シンガーを通じて実に数多く教わった。かの谷山浩子武部聡志崎谷健次郎との出会いもここで。

とは言え、斉藤由貴プロジェクトはその類に於いてだいぶ異質だったと思う。プロデューサー長岡和弘らの話によれば……「始めから男性客をターゲットに据えていなかった」「基本、チーム的にメンバーを固定しアルバム作りをした」「斉藤当人にも早くから詞を書かせた」「会社に内緒で企画を通したことも多々」……
長岡はディレクションも独特で、斉藤にもミュージシャンに対しても、さながら役者への演技指示のようだったという。

そして斉藤はその目論見以上に応える女優でありアーティストであった。楽曲が牧歌風からエレガンス、荘厳さを湛えたものまで実にバリエーション豊かだった中、自作詞はどんな設定でも他と何ら違和感なく肩を並べていたし、女優としての情感とテクニックで総てを歌いわけることもした。ある意味映画以上に映画的……

それにしても、前述の矢野顕子とほぼ同じ時期に、あったのが不思議だ。大海を隔てたふたつの国を交互に旅していたような贅沢。
両者お国柄は違えど(まさか被ってるメンバーは一人もいないよね?)、あれほどのメジャーシーンにいながら所謂「流行歌」の匂いがしないところは共通している。

当時はカセットで購入。CDとは曲順が異なり未収録の曲もあったけれど、今でもこっちの並びが好き(再発盤はすべてアナログの曲順で収められているそう)。
アルバムジャケ写もコレが一番かな。撮影は斉藤清貴


©️2020TSURUOMUKAWA

私的すたんだーどなんばー<参>矢野顕子"HOME MUSIC Ⅱ"(昭55~62)

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<80年代、つまり坂本龍一との共同プロデュース期(ほんとに'80~'89年だったみたい)のベスト盤。ラインナップはおなじみ『春咲小紅』や『ひとつだけ』の他、佐野元春とのデュエット『自転車でおいで』、アルバム未収録のシングル『愛がたりない』等々>

矢野顕子を初めてちゃんと聴いたのはこれか『峠のわが家』だった。

中学生の私にとって矢野さんは、壮大でシュールで、且つ不思議な親近感や痛切さを覚える、ファンタジー御伽草子であった。他のどんな本や映画等よりも濃密に、しかし尻尾か耳でも揺らす風に飄々と、息づいていた。
それは、これより以前の矢野誠プロデュース時代も、以後の完全セルフでも芯はそう大きく変わらないのだけど、この時期の、冷徹な構築と衝動的な?破壊で世界を拓く教授と、朗らかでたおやかで、しかし牙をむき哭き震える野性を失わぬ矢野さんによる音色・感触は唯一無二で、私にはたぶん今後もずっと、初恋にも似た想いを寄せる異界、かたちのない故郷、タイトル通りホームなのだろう。

にしてもこの盤、誰による選曲か知らぬが比較的初心者でも取っつき易くまとめられていると思う。ベストに起こりがちな作風のバラつきもあるにはあるけど、それが却ってドラマチックな印象を与えているし、音のテクノ要素とアコースティック要素、トンガった曲と円みある曲とのバランスも程好いのでないか。これがダメという人は、他のどれ聴いてもダメ、かも?

あと、然り気無く泣かせにかかったラインナップだな、とも思う。少なくとも私は、今でも充分涙する。

矢野さんのこの時期のビジュアルも、すこぶる好きである。シックで、色っぽい。
"Watching You"のPVとか、オススメ。


©️2020TSURUOMUKAWA

私的すたんだーどなんばー<弐>松任谷由実"VOYAGER"(昭58)

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<15枚目のオリジナルアルバム。ユーミンは始めからベテランだったように思ってしまうけれど、この時はまだ20代だった。原田知世に提供した『時をかける少女』『ダンデライオン』も収録>

1曲目『ガールフレンズ』の時点で、完全に虜に。
何このイントロ、声、メロ、転調……と、いちいち目を丸くした、あの日は忘れ難い。

今でも疑問に思う。これほどエッジの研がれた人物がどうして、長きにわたり国民的アーティストなのだろうかと(むろん、悪い意味ではなく)。

さておき、このアルバムに触れたのは小学校最後の夏休みだったか、祖父母の家に於いて。旧い日本家屋なのだが、増築された洋室が2階にあり其処で、聴いた。
今思えばあの部屋は60年代後半あたりのテイスト? 絨毯は緑で、クローゼット、棚、ステレオ、レコードプレイヤー、洗面所(個室に洗面所があるのを初めて見たし、以後も見てない)は総て艶めく黒。室内はリビングとベッドルームで分割されていたが、分けるのは壁でも布でもなく、螺鈿のようなキラキラしたちいさな長方形の板を繋ぎあわせた、キャバレーの幕にでも使われそうな長い永いカーテンで……基本的にそこは遠方の叔父一家の泊まる部屋だったが、彼等が帰った後に独りきりで泊まったりもして、ユーミンの音楽と共にラグジュアリーな時間を、子供の分際で過ごしていたわけである。

もう、家はとっくの昔に取り壊されてしまったのだけれど、"TYPHOON"の歌詞などに登場する部屋は、私にとって永久に、あそこなのだ(ちなみに、『時をかける少女』に嵌まりそうな庭もあった)。

そんなこともあってか、私はこの盤を愛しながらも、一度も手元に所有したことがない。


©️2020TSURUOMUKAWA

私的すたんだーどなんばー<壱>寺尾聰"Reflections"(昭56)

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<『ルビーの指環』"SHADOW CITY"等を収録したオリジナルアルバム。それまでとは真逆とも言える都会的でハードボイルドなAORへの方向転換は、役者業における刑事役とのリンクもあったのかな(因みにジャケ写はドラマ収録中に撮影所の廊下で撮ったのだとか)。所属事務所からは危惧もされたそうだが結果は大好評、200万枚近く売り上げ年間でも1位となった>

生まれて初めて惚れ込んだオトナの音楽。小学2年の時に父が持っていたカセットを私物化し、家のラジカセでテープが伸びるまで聴いた。
もちろん歌詞を咀嚼していた訳はなかろうが、思い起こすと何故か当時通っていたスイミングスクールの、デザインがわりあいモダンなプールの青い水の揺らめきが偲ばれる。海はあってもプールの曲は無かったと思うけども……それなりにムードを感じとっていたのか。

……しかしそののちパタンと、没交渉。彼に限らず男性ボーカルの類に惹かれることも殆どなく。CD化された際には一応入手したが、20年は仕舞いっぱなしだった。あの、元に戻そうとするほどに伸びたテープの舞は、幻? それとも、熱病の如く流行りに惑わされていただけ?

ちょうど当時の彼ぐらい? 十分過ぎるオトナの齢となった頃だったか、ようやっとCDケースを開き聴いてみると、「俺なのサ」「忘れないゼ」とかいう詞が少々むず痒かったりしたものの、AORならではのコード進行とか、無闇に盛り上げず冷静で享楽的でメランコリックなままでいる感じとか、明言がなくとも背徳を薫らせるストーリーテリングとか……あれ? 今でもこういうの好きなんでは、と気づいた。

そして、あの声だ。"Reflections"のプールに泳げるのは、後にも先にも、彼しかいないじゃないか、と、思い出した。
寺尾聰の歌とメロディ、井上鑑のアレンジは、先天か後天かわからぬが、自分の音楽DNAにインプットされていたらしい。7歳の自分が選んだ男は、ヒゲダンスを踊る加藤茶志村けんでなく、ドラえもんでもなく(どちらも何故かレコードを持ってた)、やや斜に構えた方向から、哀しみを浴びた彼等だった。「世界一好きなアーティスト」というのとはちょっと違うけれど、音楽という次元の門を日々くぐる際、そこにはまず青い水の揺らめきがあるのだ。


©️2020TSURUOMUKAWA

音楽を聴く<11>

浜田真理子"Live. La solitude"(平26)
資生堂や揖保の糸等CM曲の風合い優しいイメージ……と思ってかかると豪い目に遭う。彼女の紡ぐ優しさは闇の隙間から刺す夏の光線、或いは涌く水の凍える冷たさ。一見聴衆をシカトしたかと勘繰る選曲も聴けば一片のムダもない彼女の葉脈。

薬師丸ひろ子"PRIMAVERA"(平3)
地に足つけポジティブな曲が多いのは時代ゆえか。私的には坂本龍一矢野顕子、そして意外やKANによるファンタジックな楽曲が好きだけれど、舞台が天上でも部屋の片隅であろうと慈しみ包むように唄いこなす、女優の感性とはまた別の力量に驚くばかり。

●風見りつ子『アヴァンチュリエ』(昭61)
3枚出したアルバム各々カラーが異なるが。この盤の香は「神話」だ。和製ヨーロピアンな歌姫プロダクツは数多あるけれど、神話の高貴さの裏に映る俗的な淫靡さ、破られる為の禁忌を、臆さず恐らく自覚もして晒し、且つ美しく身に添わせている人物はそういない。

●風見律子『ヌヴェル』(昭62)
神話めいた前作に較べると土着的なムード。声色も変え南寄りのコケティッシュな娘像といった感じ。引き続き登板の山川恵津子はじめかしぶち哲郎、奥慶一、山本俊彦らにより、透明感ある音を基調としつつ陽に灼かれ土にまみれ海の泡となりゆく様をカラフルに描写する。

松本伊代『風のように』(昭62)
冬リリースを意識していたか? 音色や歌に雪の粒、灯りの粒のような感触が終始つたわり心地よい。そして重要なのは川村真澄の詞。明瞭なストーリー物もあるが、核心をつくようで煙に巻く言葉遊びがいい。同時期の池田聡に近い、繊細ですこし冷酷で世を拗ねた表情。


©️2020TSURUOMUKAWA

澁澤メルモ『ト~ルコライス』(平28)『アンニュイとメランコリー』(平29)

f:id:mukawatsuruo:20190909182353j:plainそれぞれ5曲入りのミニアルバム。
作詞作曲、および音のすべて御本人!
ボーカル、そしてコンサーティーナ(バンドネオンを小型にした感じの蛇腹楽器)、他にフルート、オルガン、ギター……パーカッション類とか、海のざざざーって音まで。ほぼアンプラグド、素に近い響き。多めの余白で、緊張と弛緩の釣り合いが良い。

最初にライヴを拝見した頃はジャズや昭和歌謡をそれこそアンニュイに唄う折れそうに華奢なひと(楽器なし)という印象……だったが、それから間隔あけてお会いする毎、あ、オリジナルするの? え、フランス語堪能? わ、なんですかその楽器? ……と、見た目こそ全く変わられないながら、インナーマッスルが見る見るマッチョにバージョンアップをされてゆき……いや、違うか。元来持っていらした腕或いは爪を、「何時如何に公で披露するか?」とタイミングを自らのディレクションで探られていただけの事なのだろう。

前述のとおり仏語での作詞もなさり、バーキンカヒミ・カリィもお好きとのこと、ビジュアルからもダーク・ファンタジーな薫りがするとくれば、アルバムはさぞ濃厚なフレンチか、と、思う、が……

"La Violette Est Bleue"や『螺旋のタンゴ』等はまさに鉄板、デカダンでコケティッシュで繊細でちょっと悪魔な、煙のように自然でいて装飾的なフレンチ(タンゴはフランスじゃないけども)だが、
そっちのフレーバーは割合として少数だと思う。見当違い甚だしいかもしれないけど、どちらかと言えば、マニッシュ、または性未分化の存在に感じられる曲が多かった。「僕」の一人称は一切使っていないのに、彼女の描く不安や焦燥、我が儘やひたむきさ、陽光と陰影は……たとえば少年になった『アリス』や『ザジ』、もしくはそれより更にイノセントなキャラクターに映った(BL的な世界観も嵌まるような……とまで言ったら叱られるか)。演奏ぜんぶ一人でこなす、って工房に籠りきりの職人さながらの気質も、男性ぽいイメージを想起させるのかもしれない。唄声も意外と芯があるし。
初めて聴いた時は正直少しピンとこない部分もあったが、2回目以降は誰でもない彼女が掘りあてた個性が、なめらかに耳を流れている。

いま公式サイトのプロフィールには「職業・蛇腹使い」と書かれている。たしかに1stより2ndの方がコンサーティーナの比重は大きくなっており興味深いが……まさかそのうち人魚姫よろしく唄声までもコンサちゃんに捧げちゃったりとか、しないでしょうね?……ともあれ今後も彼女のバージョンアップにどきどきさせて戴く。

澁澤さんのサイト。試聴も出来るみたい。
https://kuronekomelmo.wixsite.com/melmo


©️2019TSURUOMUKAWA