武川蔓緒(つる緒)の頁

みじかい小説を書きます。音楽や映画の感想つぶやきます。たまに唄います。成分の80%は昭和です。

掌篇小説『Z夫人の日記より』<127>

2月某日

刑務所にいるはずの知人Hに呼び出され、会った。
待ち合わせは、神社へとつづく参道にある市場。真昼でもトタン屋根におおわれて暗いなか、店で売られる樽の漬物や干物、駄菓子、木工芸品といったものだけが、裸電球のあたたかな光を浴びていた。誰も歩いていないからなのか、店のひとも奥にひっこんでいる様子。微かにテレビの音がする。

或る窃盗団の実行リーダー、と言っても俄に信じ難い、円くあどけない顔、髪をひっつめ輪郭の顕な顔が、うす闇のなかで満月となって、いつの間にやらそこにいる。どこで手に入れたか紺のスーツ上下で職業柄?締まった身体を包み、豆かあられか、色とりどりの粒を袋から口へはこぶ指が、振り子のようにいったり来たり。一緒にいた、Hの脱獄を手助けしたとおぼしき革ジャンの男は、10メートルほどさき、トタン屋根の途切れたあたりでそっぽを向き、カップ酒を飲む。

「刑務所の実験施設に連れて行かれてさ、そこから逃げてきたのよ」
粒をポリポリ噛み砕きながら彼女は言う。
放射線治療室みたいなとこだったんだけど、放射する何かには色がついてて……金粉を、スローモーションでまきちらすみたいな感じ。ちょうどこの市場の、裸電球で照らされるのとすこし、似てるかな。

その放射を浴びると、悪の心が善になるんだと。

むろんそんなもの、信じちゃいないけど、狂い死にしてもかまわない実験台のモルモットなんて御免だし。
……それでさ、あんたにわざわざ御足労願ったのは、いちおう確かめておきたかったからなの。私が以前と変わってないか、ってこと。あんな器械信じてないけど、もし人格に何かしら影響あったら、私の仕事は務まらないわ。ねぇどう? 変わってない?」

Hのいる窃盗団は、法の縄を狡猾または卑劣にぬけ弱者たちを騙し破滅させる権力者、あるいは富豪のみをターゲットにして、現金宝飾骨董等を奪う。事前に洒脱なロゴマークとサインをいれた予告状もおくる。現代の義賊を気どりたいわけではなく、盗んだ金を庶民にばらまくとまでは叶わぬが、「金は、もっとも穢れた場所から回収する」「且つ無駄な負傷者を、内外とわず出さぬ」のがモットーであるとのこと。実際一連の事件における手口は、たとえ緻密な贋作模造品がまぜておかれていても本物のかがやきのみをすくいとり、当事者一家や警備陣はおろか、閉じられた硝子の掠り傷さえのこさぬ、見事なマジックだったという。
しかし昨年、団のアジトが摘発され、彼女をふくめた半数の団員が捕まり……
……そして今朝、電話があった。いちおうテレビや朝刊に目をとおすも、彼女の逃亡のニュースはまだ報じられていない。

さて、彼等が、Hが、果たして悪なのか善なのか、金色の光に包まれたところで、私に裁けよう筈もないが。
貴女は、変わっていない、ワリとかわいらしい怪盗さんよ、とだけは言えた。

Hはますますあどけなく、円みの深まる笑みをうかべ、
「あらそお? ありがと。なら良かったわ。まだやり残してることがあるのでね、監獄でモルモットになるにも老後を過ごすにもまだ早いのだわ。もう行くわね。土産も愛想もなくてすまん」
と言うと、私の手をすっと触り、まるで夜の雨雲にでも呑まれる風に、市場のさらに闇のふかい路地に消えてしまった。いつからか、連れの男の姿もなかった。

私は店で、彩色もなく木目を遺したままの、穏やかな表情だけが彫られたこけしをなんとなく買い、神社へとのぼりお参りもして、家に帰った。

こけしを袋から出したら、頭部がポロッとはずれ。内の空洞をのぞくと、あたたかな金色の光で満ちている。逆さにしてみれば、光はしゃらしゃらと音をたてころがりおち、ペンダントに化け掌にのった。


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