武川蔓緒(つる緒)の頁

みじかい小説を書きます。音楽や映画の感想つぶやきます。たまに唄います。成分の80%は昭和です。

掌篇小説『Z夫人の日記より』<100>

6月某日

終電でました、と言われ、とりあえず駅舎を出て、どうしたものかと迷う。

燦々と陽のそそぐ、午前2時。

この地域は、白夜というのではなく、どういうわけか空模様が時刻どおりには反映されず、近隣の市より10時間ほど遅れる。つまり今は、午後4時の空のもと、私たちはいるのだ。6月だから、まだ明るいことこの上ない。

若いメガネの男二人組、背のとても高いのととても低いのとに声をかけられ、のこのこついてゆく。真昼に近い明るさと、眠気とがからみあって、物事をとらえ辛くなっているせいもあるが、今どき珍しいくらい純朴そうで、ニコニコしているわけでなくむしろ無表情だが、妙な愛嬌があるコンビに、なんだか惹かれた。

どんどん狭くなる路地を、彼等は躊躇いなくすすむ。いよいよ人一人でも辛い隙間をさらにゆくと……急に眩しく視界がひらける。ふつうの民家の庭らしきところに、ブロック塀で囲まれた温泉があった。穴の空いたブロックだが、ガラス質の何かが注入されており、側面の青い湯と、入っている人間の白い裸身をぼんやり透かしている。その家の娘らしい子が、あどけない顔で、いた。
二人組の背の高い方が、こちらが疑問を抱く間もなくさっさと全裸になり、飛び込むように入る。ガリ勉ぽい出で立ちの子だったが、脱いでみれば肉体労働でもしているか、無意識であろう逞しさが美しい躯だった。女の子はそれに目もくれず、あまつさえブロック塀にこしかけ髪を梳いている。豊満なヒップの人魚だ。素っぴんだから子供みたいに思っているが大人なのかもしれない。男の子は塀にひろい肩をもたせかけ、眠ってしまいそうに心地よさげ。眼鏡はしたままで、曇っている。男女ともに光を浴び、似たような肌の白さを際だたせていた。

もう一人のちいさな坊やはどうしたかと見回すと、庭の奥にある柵の向こうを見ている。いつのまに高みへ来たのやら、さっきの駅舎は町は我々より、かなり下にひろがっている。家々の屋根はすべて赤い。風が吹きわたり、坊やと私の髪を存分に弄ぶ(温泉の男女は、風など知らぬ蝋細工のように在ることだろう)。
いまの空が午後4時のものならば、この町がほんとうに夜へ沈むのは現地時間午前6時、その夜が明けるのは午後3時ぐらい?……町民たちはいま、眠っているのだろうか。どのような感覚で過ごしているのか。見おろす坊やの眼鏡からはみ出しそうなドングリ眼は心なしか、愉しげに映る。二人組は、丑三つ時のかがやく町を旅しに来たのだろうか。坊やが着ているタータンチェックのジャケットは制服かと思っていたが、よく見ると模様がどこも均一でなく、アンバランスさが巧みに練られたものだった。


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