武川蔓緒(つる緒)の頁

みじかい小説を書きます。音楽や映画の感想つぶやきます。たまに唄います。成分の80%は昭和です。

掌篇小説『Z夫人の日記より』<43>

十月某日

深夜、姪から電話。

姪はアイドル歌手をしていて、所属事務所の女子寮で暮している。
そこそこ売れているようだし寮に住むタレントではもう最年長でアイドルという風情でもなくなってきているが、いまどき珍しかろう風呂も手洗いも食事も電話も共同の、狭いワンルームにまだ、いる。個人の電話などをもつことは禁じられ、眠れぬ夜のつれづれを慰めんと十円玉をため、ピンク色の公衆電話(ブタみたいでかわいい、私物化したいと言っていた)からあちこちに電話をしているらしい。
「昨日ね、生放送のステージで新曲うたったの。フフ、どうせ観てないでしょ?『私の胸はバイオリン』てタイトルで、番組が例の如く曲にあわせてんだかおちょくってんだかわかんないセットを造るんだけど、それがねぇ……ステージのはじからはじまで、でっかい張りぼてのバイオリンが横たわってて、私そのくびれのあたりに腰かけてうたうわけ。それがピアノ線みたいな、見えないぐらいほそいワイヤー2本だけで天井から吊るされてて……どうなるか、わかるでしょ。曲がサビにはいると、バイオリンと私が照明を浴びながら持ちあげられて……5メートルぐらいの高さまでいっちゃうの……ワイヤーだけだから、うごかなくても声張るだけでなんかユラユラフワフワしてさ、ホントに闇夜でたよりなく浮んでる雲の気分よ……でもあたし高いところダメでしょ? そりゃ○○センセー(男性の売れっ子作詞家らしい)の乙女な詞も霞んじゃうぐらい、好いた男なんぞおらずとも胸が高鳴りましたともさ。掌も汗びっしょり、マイクどころか自分も落っことしそうだった。でもね、ワタクシもプロでごさいますから、上から見おろすお客さんの群れを、楽屋で食べるお弁当の御飯粒なんだ……って思いこませながら、自分で言うのもアレだけど伊達に叩きあげちゃいない鉄看板のアイドル笑顔を絶やさず、最後までやりきったわよ、偉いでしょ? そうでしょ? ……でもきっと売れないわよね新曲、『私の客は御飯粒』ってうたってたかもしれないもの。ハハ」
黙ったかと思うと、ガチャッ、と十円玉をおとす音がして、また喋りだす。
「で、うたい終った後さ、バイオリン片づけるスタッフ達も、司会者も共演者もお客さんも、ひとり残らずみーんなニコニコしてて……まぁ良くも悪くも良かったんだと思うけど、やっぱりおちょくられてんのかな? って気もして。まぁそれがきっとあたしの、この業界での役割なんだな、って。ある意味スカッとしてる、最近」
最年長アイドルは十円玉の音を時折させながら小一時間は喋りつづけた。


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