武川蔓緒(つる緒)の頁

みじかい小説を書きます。音楽や映画の感想つぶやきます。たまに唄います。成分の80%は昭和です。

掌篇小説『Z夫人の日記より』<28>

9月某日

深夜、終電の近づく時刻。誰もが何処かのレールへといそぎ足となっている巨大ターミナル。
私も地下より、上りエスカレーターをヒールでうるさく鳴らし駆けあがっていた、その際。

すぐ隣にある、下りの乗り口あたりで、ティーカップを手に持つ女を見た。儚げな白い磁器の、ティーカップである。湯気が、たっていた。間違いなく、中身がある。

シャーリングが上品なブラウス、ターコイズブルーのスーツ上下を着、ボブの髪がしなやかな、三十路ぐらいとおぼしき女は、けっこうな長さのあるエスカレーターの高みから、まるでビル高層の窓より蟻がうごめくような雑踏を優雅に見おろすかの如く、ゆたかな髪と睫をあそばせ艶のよい唇にほんのうっすら笑みをうかべ、右手にもつ白のティーカップから湯気をふわりと浮かせ、エスカレーターの動きだけに身と湯気のゆくえをゆだね、この慌ただしい場に於いてひとり悠然と、佇んでいた。

私とすれ違うまでの間、女はカップに口をつけることはなかった。このあとエスカレーターを下りきっても、たとえこの街のもっとも底深い場所に沈みこんだとしても、女はきっと人々を蟻として見おろす視線を変えることはなく、カップの中身も枯れず湯気も冷めずのぼっている気がした。女の微笑と、カップの重みを知らぬ風に筋も皺も見えないやわらかな指さきにあらわす感情は、キリギリスの侮蔑か優越感か、または聖女の慈愛か、はたまた塵ひとつもない只のがらんどうなのか……読みとる術はなかったが。

ともあれ終電が迫っていたので(なぜ終電に乗らないといけないんだっけ? と一瞬錯乱したが)私は、こちらに匂いの届かなかったカップの飲み物が何だったのか振り向き見ることはしなかったが、「あれは紅茶だった」と、どういうわけかそれだけは今も確信している。


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